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一九九二年一月のある朝、成田空港に着いたばかりというスリランカ女性から、夫と別居したいとの相談の電話が入った。
早朝の四時半から農家の仕事をさせられ、夫と姑に使用人のように酷使されている。
五年も辛抱してきたのに、いまだに着る物を買うお金もくれないし、日本語を勉強する機会も与えてくれない。
里帰りから三ヵ月ぶりに戻ってきたものの、夫のいるところに行きたくないという。
「とにかく新幹線に乗って、京都までいらっしゃい」といって、京都駅で落ちあい、詳しい事情を聞いた。
そのころ京都アジア文化交流センターでは多くの困難な事件を抱え、これ以上新しい問題を手がけられない状態にあった。
無理な事情を承知していたので、どうしようかと迷った。
ちょうどその日、フィリピンの従軍慰安婦に戦後補償を求める集会が。
京都YWCAで開催されたので、いっしょに行って「アジアの民衆と共に」(APT)という救援組織のAさんにお願いした。
APTからの連絡でヌヴェール愛徳修道会のシスターAが「住むところと当座の就職をなんとかしましょう」と申し出て下さった。
翌日から、ヌヴェール愛徳修道会のシスターたちが彼女の身のまわりの世話をすることになった。
着の身着のままで震えている熱帯の女性に、冬物の衣類を集めたり、スリランカの農村と日本の過疎地の生活しか知らない女性のために、スーパーマーケットのパートの仕事を見つけて面接試験に連れていったりと、献身的に援助してくださった。
『私どもも、ささやかな駆け込み寺を始めましたので、そこに住んでいただきます』というシスターAの電話を受けたとき、キリスト教団体が「寺を始める」という言葉遣いに、私は何となく違和感をもった。
その後「駆け込み寺」を訪ねて、入ロにコリアンホームという看板があるのを見て、いくらかほっとした。
「寺」という文字は、どこにもなかった。
日本人の多くは、寺といえば「葬式」、「法事≒「戒名(法名)」、「墓地」など亡くなった人の世話をするところだと思い込んでいる。
浄土真宗の親鸞精神を建学の理念とする龍谷大学に勤めている私でも、生きた仏教徒の『駆け込み寺』をキリスト教の施設に求めている。
思えばブッダも親鸞も生きた人間の煩悩を自分の問題として悩み、道を開こうとした人であった。
いつの日にが「葬式」、「法事」、「戒名(法名)」「墓地」などを見直して、生きた人間のための「駆け込み寺」が再建されるかもしれない。
駆け込んでくる仏教徒のために不自然な思いをしながらキリスト教の施設にお願いしなくてもよい日が、遠からず来るであろう。
一九九一年三月一九日の夜、ノルウェー農業大学教授のNさんが、六年ぶりに私の家に来てくれた。
食卓を囲みながら、昔話に花を咲かせていたところへ、京都新聞社会部のデスクから重苦しい電話が割り込んできた。
明日の朝刊に次のような内容の記事を掲載するので、校正してほしいという。
フィリピン女性のブレンダさん(四五歳、本人の希望により本書ではこの通称名を用いる)が、クモ膜下出血で倒れた。
京都市西京区のS病院で開頭手術を受け、左半身不随の障害は残るが一命を取りとめた。
しかし、高度な手術のため、医療費がかさみ、退院までに四〇〇万円をこえる。
出稼ぎ労働者のブレンダさんには、高額治療費を払えない。
S病院は、関係自治体の福祉事務所、在日フィリピン領事館などに医療費扶助を要請したが、すべて断られた。
私立医療機関では、医療費を払えない患者が増えると経営困難に陥る。
国立病院、大学付属病院、赤十字病院などの公的医療機関に移す方法も考えた。
だが、無償で彼女の治療を引き受ける公立病院は、見つからない。
ブレンダさんの在留則限が切れ、超過滞在状態になっているというのが、その主な理由だ。
電話を切らずに待ってもらい、Sさんに事件の概要を説明し、「ノルウェーだったらどうするかねえ」と聞いてみた。
「在留期限が切れた外国人を治療できなければ、たいへんなスキャンダルだ。
担当大臣の首が飛んでも不思議じゃない。
オスロ空港に着いた瞬間から、医療に関する限り、外国人と内国人の差別はない。
同じ人間じゃないか」私は、その言葉を日本語に直して、電話口のデスクに伝えた。
有識者の談話を記事に添えるという、新聞編集の慣行からいえば、私に期待された役割はそれまでのことである。
その夜、会ったこともないブレンダさんの病状が、気になってよく眠れなかった。
翌日の朝、大阪空港からオスロへ帰るSさんを見送ったあと、S病院に行こうと決心した。
龍谷大学社会科学研究所の客員研究員として来日中のR大学第三世界研究センター所長に話してみた。
Rさんは、大学教師としてよりも、テレビのキャスターとして、広く知られている。
彼の担当しているタガログ語の「民衆の広場」という番組は、数年間にわたり、もっとも優れたドキュメンタリー番組として表彰されている。
Rさんとの話に、同席していたタイの労働運動を支えるNGOの理事長を兼ねているS教授も、お見舞いに行こうという。
病室のブレンダさんは、手術のため髪を切り、切断した頭骨も冷凍庫に収められている状態で、見るからに痛々しかった。
来日するまで一八年間も教員をしていた、と病院の事務長から聞いていたので、英語で話しかけた。
彼女の声はかぼそかったが、発語に不自由はなく、ほっとした。
だが、声帯の大半を失った私の声では、聞きづらそうだった。
Rさんが代わって、タガログ語で話す。
テレビ番組で彼を知っていたブレンダさんは、打ちとけて話しはじめた。
大粒の涙がこぼれる。
『きっと、子どもの話や、日本での辛かった仕事の話をしてるんだよ』と、Sさんが解釈する。
二日後にRさんは、ブレンダさんの家族に会い病状を伝えると約束した。
高額医療費が話題にのぼると、また涙がとまらない。
「医療費は心配しないで、次の手術のために体力を回復して下さい」四〇〇万円を集めるめどもないのに、私はそういってしまった。
サハリンで火傷したロシア少年を特別機で札幌に運び治療ができるなら、日本人のために働いた外国人の医療費が負担できないはずはない。
と自分にいいきかせて病院を出た。
行政大脳動脈瘤破裂の治療を受けたブレンダさんが、高額医療費を払えず苦慮している、という京都新聞の記事の反響は小さくなかった。
私の談話が付記された事情もあって、見知らぬ人から「救援活動を始めませんか」という呼びかけも来た。
しかし、どんなふうに進めたらよいか私には成案がない。
「フルーツが食べたい」というブレンダさんの声が耳に残っていたので、妻と二人で果物を届けることにした。
その機会に、ブレンダさんの話を詳しく聞こうと大阪外国語大学フィリピン語科大学院生のTさんを誘い、通訳をお願いした。
成案のないときは、「歩く、見る、聞く」から始めるのが、私の方針である。
ブレンダさんの左半身不随は、当人の自覚以上に進んでいて、自分の手でミカンの皮がむけない。
病室にはフィリピン人のシスターかお見舞いに来ていて、カトリック教会でも募金の相談をするそうだ。
ブレンダさんの苦況は京都新聞だけでなく、Y新聞、M新聞、A新聞などでも報道され、支援の手を差しのべたいという輪が広がった。
募金活動を始めれば、ブレンダさんの医療費だけなら、集められるかもしれない。
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